COMPANY

万田発酵とは

万田発酵は設立34年。
発酵の力で急成長中の会社です!

主力製品である「万田酵素」は、53種類の植物性原材料を3年3ヵ月以上かけて発酵・熟成させた植物発酵食品。ここまで多種類の素材を複合的に発酵できる技術は世界でも極めて稀で、この独自技術が世界で評価されています。植物由来の成分は幅広い分野へと展開でき、現在では健康食品としての用途以外にも、スキンケア、農業、水産・畜産分野、ペット向けのサプリメントにも応用され、世界30カ国以上へお届けしています。

万田発酵は設立30年。

万田発酵の事業

健康食品やスキンケアなど生活に密着したアイテムや農業・園芸資材など、幅広いラインナップを提供。「万田発酵」の可能性は無限大です。

発酵食品業界のリーディングカンパニーとして成長し続けています。

「万田酵素」が誕生して、今年で34年。私たちは常に、発酵の面から健康を考えてきました。私たちの強みは、高い技術力と独自性にあります。

発酵食品というと、「納豆」「味噌」「酒」「チーズ」「ヨーグルト」などいくつもの食べ物が頭に浮かびますが、その多くは一つの食材を発酵させてつくる単体発酵です。

「万田酵素」は、53種類以上の植物性の原材料を3年3ヵ月以上かけて発酵・熟成させる複合発酵であり、それだけに開発は困難を極め、完成までに23年の月日を要しました。

だからこそ私たちは「万田酵素」の技術力と独自性に誇りと自信を持っており、世界にも例を見ない食品であると胸を張って言えるのです。

発酵の可能性が未知数であるのと同じく、「万田酵素」の可能性も未知数。今後、さらにその可能性と応用分野は広がることが期待されます。私たちも、この技術力を糧に、発酵食品業界のリーディングカンパニーとして、多くの方や、動・植物の健康のために貢献していきたいと考えています。

発酵技術を日本から世界へ!

万田発酵は、独自の発酵技術を持っています。現在世界7か国(日本、シンガポール、中国、香港、アメリカ、台湾、インドネシア、マレーシア)+EU(ドイツ、フランス、スイス、ベルギー、イギリス)で特許を取得しており、技術協力の要請が国内企業、海外を問わず寄せられています。特に、ここ数年間、農業を国策として推進している諸外国、特にアジア圏からの問い合わせを多く頂くようになりました。健康食品としてのみならず、農業分野など様々な分野で海外へ展開をしています。

発酵技術を日本から世界へ!
ミャンマープロジェクト
万田発酵では「人と地球の健康に貢献する」という企業理念に基づき、ミャンマーの農家の方々の生活向上を目指して、農業技術向上に寄与すべく、現在、ミャンマーにてプロジェクトを進めております。
万田酵素開発ストーリー
  • 「どうしても酵素の秘密を解明したい」
    それが万田発酵のはじまりでした。

    瀬戸内海のほぼ中央にぽっかりと浮かぶ因島。
    この島で江戸・元禄時代の頃より、松浦家は屋号『田中屋』にて清酒「万田」の蔵元を営んでまいりました。
    その11代目当主として、万田発酵の創業者・松浦新吾郎は生まれました。
    地中海性の温暖な気候に包まれた瀬戸内に位置する因島は、1年を通じて温かな所。
    その美しい海と山に囲まれた自然の中で、新吾郎は育ちました。
    新吾郎の幼い頃、松浦家は造り酒屋から農業に転じ、牛を飼っていました。その牛の世話が新吾郎の日課でした。
    そんな小学校6年生のころ、「牛は青い草を食べて、なんで白い牛乳が出るんだろう」と、ふと疑問を持ちました。
    好奇心旺盛な新吾郎は、近くの獣医さんのところに駆けつけ、その疑問をぶつけました。

  • 「牛には4つ胃があって、それが発酵槽になっとるんじゃ。1度、胃に入れた草を、また口に戻して2度噛みする。それは発酵菌を補給して、さらによく発酵させるためなんじゃ。そして腸でさらに消化吸収されて血となって体の中をめぐっていって、それが白い乳になるんじゃ。わかるか?」
    それが新吾郎の発酵への想いのきっかけでした。
    新吾郎の探究心は、やがてエコロジー(=生態学)へと向かいます。
    そして、自然界では、互いに連鎖、影響し合いながら生きていることを学び、不必要な存在は何ひとつないという考えを持つようになりました。
    「科学技術は素晴らしい。しかし、まだ未解明の部分が多い。自然の不思議を解き明かし、人と地球環境に貢献したい」
    新吾郎の想いは日々ふくらんでいきました。

  • 高校を卒業すると、農業を継ぐために、静岡の農業試験場に就職し、そこで育種を学びました。
    「種の善し悪しは遺伝が大きく作用します。親の性質を60%ぐらい受け継ぎ、残りの40%は育つ環境に支配されます。不思議なことに、良い環境を整えてやると、親の良い面が出るが、悪い環境だとその逆。種を育てるには環境条件も大切なんです」
    新吾郎は、試験場で酵素の存在に触れ、遺伝と環境と酵素の関係に強い関心を持ちました。
    新吾郎は、「環境に左右される40%の部分を、酵素によって膨らませ能力を向上させることができないか」という思いを強めました。
    このことが、後の「万田酵素」の開発に大きな影響を与えることとなりました。
    「どうしても酵素の秘密を解明したい」
    この熱意が、新吾郎を大学に方向転換させました。

  • 『植物のエネルギーを、生まれくる新しい生命のために』

    大学3年の時、新吾郎の父が病に倒れ、長男である新吾郎は、因島に帰郷することになりました。
    けれども、酵素に対する情熱は変わりありませんでした。
    冷めるどころか、ますます熱くなるばかり。酵素に明け、酵素に暮れる毎日。
    古い酒蔵を実験室にすると、朝から晩までほとんどそこへ閉じこもりきり。
    26歳で、妻直子と結婚。結婚してもなお、酵素への想いはますます過熱するばかり。
    畑で仕事をしていても、何かを思いつくと一目散に実験室へ走る。
    とにかく酵素のことで頭がいっぱいでした。
    酵素はある意味では生きています。しかしじつに微妙。 空気が入り過ぎても、少な過ぎてもうまく発酵しません。最悪の場合は腐敗してしまいます。
    失敗、失敗、失敗の繰り返し。
    「もうだめだと思うこともあったが、しばらくすると、また頑張ろうという気がわいてきた」
    そして、試行錯誤の末、なんとか現在の万田酵素の原形ができあがりました。

  • 万田酵素誕生

    できあがった発酵食品は、造り酒屋であった新吾郎家の酒のブランド「万田」にちなんで「万田酵素」と命名。
    評判が広がり、買いにくる人が増え始めました。
    当時は量り売りでした。瓶に詰めると、わずかな衝撃で中身が噴き出してしまうからです。
    瓶に入れられるよう、発酵を安定的に止められるようになる商品化までには、そこからさらに長い苦労と歳月を要しました。
    研究費はかさむ一方。土地はほとんど売り払い、妻の着物も質屋に消えました。
    多額の借金を抱え、子供たちにオモチャも買えず、貧乏との闘いの日々。直子は5人の子供の面倒を見ながら、実験を手伝って夫を支えました。

  • なかなか研究の成果が出ないある日の夜。
    新吾郎が実験室で仕事をしていると、長男がやって来て、「これ」と竹筒の貯金箱を差し出しました。学用品を買うために貯めたお金でした。
    「お父さんの研究に使って」と、押し付けた。
    新吾郎は息子に「ありがとう」というのが精いっぱいでした。その夜は朝まで涙が止まりませんでした。
    1983年、ついに「万田酵素」が完成。
    新吾郎41歳のとき。23年間の苦闘の末の結実でした。
    瓶詰めに成功した日、新吾郎は立江寺のお堂にこもり、感謝の手を合わせました。
    「ここまでやってこれたのは、私を支えてくれた家族や、多くの人々のお陰です」と。

  • 『人と地球の健康に貢献する』ために

    苦闘の末に、万田酵素の商品化にたどり着きました。
    しかし、軌道に乗るまで、もうひと苦労。
    新吾郎は、リュックに万田酵素を詰め込み、東京での販売を目指しました。
    新幹線の車内で、隣の席に乗り合わせた人に売り込んだこともあります。
    「何本か売らないと、東京に着いてからの電車賃も宿泊代もない。とにかく必死だった」
    新吾郎は当時を振り返ります。
    そんな販売行脚を繰り返すうち、売上は少しずつ増え、85年には販売会社「万田」を設立。
    87年に製造開発部門を分離して「万田発酵」を創立するまでに至りました。
    89年には、海と山に囲まれた因島に、自然発酵・熟成により万田酵素をつくるには最適な環境のなかに、発酵棟、熟成棟、実験農場などを設置。そして万田酵素の海外での評価も高まってきました。

  • 「妊婦さんに食べてもらい、金太郎やかぐや姫のような元気な赤ちゃんを産んでほしい」という思いは、ご愛用いただいた方々からは、元気な赤ちゃんの誕生だけでなく、お産も産後の肥立ちも順調といううれしい声となって私たちを支えてくれるようになりました。
     その後、ご愛用者は拡がり、今では赤ちゃんから高齢者まで、年齢性別を問わず幅広い皆様の健康づくりにお役立ていただくようになり、現在では、世界のすべての大陸に万田酵素を輸出するまでになりました。
    「天地の恵みを受けた植物エネルギーを、人間本来の生命力の回復、そして能力の向上に役立てていただく」
     この原点は今も変わることはありません。

会社情報

社名 万田発酵株式会社(MANDA FERMENTATION CO.,LTD)
設立 1987(昭和62)年6月3日
従業員数 260人
事業内容 健康食品等の製造及び販売
休日・休暇 週休2日(月のうち1回程度土曜日出勤あり)
有給休暇制度あり
本社オフィス
本社工場
〒722-2192 広島県尾道市因島重井町 5800-95
TEL 0845-24-3555(代) FAX 0845-26-2034
東京オフィス 〒100-0004 東京都千代田区大手町1丁目5番1号
大手町ファーストスクエアビル イーストタワー15F
TEL 03-5219-7777(代) FAX 03-5219-7774
大阪オフィス 〒532-0003 大阪府大阪市淀川区宮原3-4-30
ニッセイ新大阪ビル10F
TEL 06-6397-7700(代) FAX 06-6397-7701
研究開発部・
品質保証部
〒722-2202 広島県尾道市因島重井町5800-121
TEL 0845-24-3650 FAX 0845-24-3657
アグリバイオ事業部 〒722-2202 広島県尾道市因島重井町5800-88
TEL 0845-24-3574 FAX 0845-24-3587
第一・第二工場 〒722-2211 広島県尾道市因島中庄町614-2
取引銀行 広島銀行 中国銀行 広島県信用組合
もみじ銀行 商工中金 三井住友銀行

万田グループ

社名 万田株式会社(MANDA CO.,LTD)
設立 1984(昭和59)年10月12日
本社 〒722-2192 広島県尾道市因島重井町 5800-95
TEL 0845-24-3564(代) FAX 0845-26-2034

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