味噌、醤油、納豆、ヨーグルト、チーズ。私たちの食卓には、さまざまな発酵食品があります。今では身近な存在ですが、酒やパン、乳を発酵させた食品などは、数千年前の古代から作られてきたと考えられています。
発酵の仕組みが科学的に分かるより前から、人は食べ物に起きる変化を利用してきました。では、人はどのように発酵を使いこなし、今の食文化へつなげてきたのでしょうか。
この記事のポイント
- 発酵食品は、古代から世界のさまざまな地域で作られてきた
- 微生物を知らない時代にも、変化を観察しながら発酵を繰り返す技術が磨かれてきた
- 日本では「醤(ひしお)」や麹を使う技術が、味噌・醤油などの発酵文化につながった
発酵食品の歴史年表
発酵食品は、さまざまな地域で、その土地の食材や暮らしに合わせて発展してきました。古代から現代までの大きな流れを、世界と日本に分けて見てみましょう。
| 時代 | 世界 | 日本 |
| 古代 | 穀物から酒やパン、乳から発酵乳などが各地で作られる | 魚や穀物などを利用した発酵の食文化が育つ |
| 古代〜中世 | 東アジアで「醤」などの発酵調味料が発達する | 醤や麹を利用する技術が広がる |
| 中世〜近世 | 地域ごとの発酵食品が食文化として定着する | 味噌・醤油・日本酒・酢などが発達する |
| 現代 | 発酵技術が食品以外の分野にも広がる | 伝統と科学を生かした発酵食品づくりが続く |
発酵食品はいつから作られてきた?
発酵食品がいつ、どこで初めて作られたのかは、はっきり分かっていません。ただ、古代にはすでに酒やパン、乳を発酵させた食品などが作られていました。
発酵の始まりは一つの地域に限られず、穀物、乳、果実、魚など、その土地で手に入りやすい食材を使いながら各地で広がったと考えられています。穀物からは酒やパン、乳からは発酵乳、果実からは酒、魚からは塩を使った保存食などが生まれました。
最初から仕組みを理解していたわけではなく、食べ物に起きる変化を観察し、暮らしに役立つものとして取り入れていったことが、発酵利用の始まりと考えられています。
発酵の仕組みを知らない時代、どうやって作っていた?
昔の人は、発酵がなぜ起こるのかを科学的に説明することはできませんでした。それでも発酵食品を繰り返し作れたのは、仕込みの中で起きる変化をよく観察していたからです。
発酵の進み具合を知る手がかりとして、次のような違いを見てきました。
- 季節や気温の違い
- 香りや色の変化
- 手触りや表面の状態
- 仕込んでから経過した時間
うまくいった条件を次の仕込みでも繰り返し、思うようにいかなければやり方を変える。そうした経験が積み重なることで、発酵は偶然に任せるものから、同じような状態を繰り返し作るための技術へ変わっていきました。
微生物の名前を知らなくても、発酵が進むときに現れる変化は見ることができました。
日本の発酵文化はどう広がった?
日本では、大陸から伝わった発酵の技術と、日本で身近だった食材や麹を使う技術が結びつき、独自の発酵文化へと発展していきました。ここでは「醤(ひしお)」と「麹」を中心に、その流れを見ていきます。
「醤(ひしお)」とはどんなもの?
日本の発酵調味料の歴史をたどるうえで欠かせないのが、「醤(ひしお)」です。醤は、魚や肉、穀物などを塩とともに仕込み、発酵させたもの。使う材料によって、魚を使う「魚醤」、肉を使う「肉醤」、穀物を使う「穀醤」などがありました。
材料も作り方も一つではなく、身近にある食材を保存しながら味わうための方法として、さまざまな醤が作られてきました。こうした発酵の文化が、日本の味噌や醤油につながる土台の一つになっていきます。
「麹」を使う技術と味噌・醤油
日本の発酵文化を大きく支えてきたのが「麹(こうじ)」です。麹は、米や麦、大豆などに麹菌を育てたもので、味噌、醤油、日本酒、酢など幅広い食品づくりに使われています。
麹菌がつくる酵素は、でんぷんを糖へ、たんぱく質をアミノ酸などへと分解します。こうした変化が、甘みやうま味にもつながります。
穀物を使った醤の文化と麹を利用する技術が日本の食生活の中で育ち、味噌や醤油など、今につながる発酵調味料が作られるようになりました。
日本で発酵食品が根づいた理由
日本で発酵食品が広く根づいた背景には、気候や身近な食材、外から伝わった技術など、いくつかの要素が重なっています。主な理由として、次の3つが挙げられます。
- 温暖で湿度が高く、微生物が働きやすい環境だったこと
- 米や大豆など、発酵食品の原料になる作物が身近だったこと
- 大陸から伝わった技術が、日本の食材や食生活と結びついたこと
温暖で湿度の高い環境は、発酵に利用される微生物が活動しやすい一方で、食べ物が傷みやすい環境でもあります。食材を無駄なく使う知恵と、身近な原料、麹を扱う技術が組み合わさり、地域ごとにさまざまな発酵食品が育っていきました。
発酵食品が長く受け継がれてきた理由
発酵食品が広がった理由のひとつは、食べ物を保存しやすくできることです。冷蔵庫のない時代には、収穫した食材をできるだけ長く利用する工夫が欠かせませんでした。ただ、保存だけが目的なら、乾燥させたり塩に漬けたりする方法もあります。
それでも発酵が長く受け継がれてきたのは、保存性に加えて、元の食材にはない味や香りを生み出せたからです。
| 原料 | 発酵食品の例 |
| 大豆 | 味噌、醤油、納豆 |
| 米 | 日本酒、米酢、甘酒 |
| 乳 | ヨーグルト、チーズ |
| 野菜 | 漬物 |
| 魚 | 魚醤 |
同じ原料でも、関わる微生物や仕込み方が違えば、できあがる食品は大きく変わります。そうして生まれた味が地域の料理に取り入れられ、日々の食卓に定着していったことも、発酵食品が今まで残ってきた大きな理由です。
発酵の仕組みが科学でわかるようになったのはいつ?
発酵が微生物の働きによる現象として説明されるようになったのは、19世紀になってからです。フランスの科学者ルイ・パスツールは発酵現象を研究し、微生物が発酵に関わっていることを明らかにしました。
これにより、それまで経験として受け継がれてきた発酵に、微生物の働きという新たな理解が加わりました。
発酵の技術は食品以外にも使われてきた
微生物の働きを利用する発酵の知恵は、食品づくりだけのものではありません。染め物や堆肥づくり、家畜の飼料の保存など、暮らしや農業の中でも活用されてきました。
| 分野 | 発酵の活用 |
| 藍染め | 乾燥した藍の葉に水を打ち、混ぜながら発酵を進めて、染料のもとになる「蒅(すくも)」を作る。発酵中の温度やにおいも、状態を確かめる手がかりになる。 |
| 農業(堆肥) | 空気を好む微生物が家畜ふんなどの有機物を分解する。水分や空気を調整しながら発酵を進め、堆肥として利用できる状態にしていく。 |
| 畜産(牧草) | 刈り取った牧草を空気が入らないように密閉し、乳酸発酵させて保存する。こうして作る家畜用の発酵飼料を「サイレージ」という。 |
藍染め、堆肥づくり、牧草の保存では、使う材料も目的もまったく違います。それでも、温度や水分、空気などを整え、微生物が働きやすい状態をつくる点は共通しています。
目に見えない微生物の働きを観察し、上手に利用してきた知恵は、食べ物づくりだけでなく、暮らしや農業のさまざまな場面にも受け継がれてきました。
発酵食品の歴史は、今の食卓につながっている
発酵食品は、微生物の正体を知らない時代から作られてきました。食べ物に起きた変化の中から役立つものを見つけ、同じように作れる方法を探し、その技術を次の世代へ伝える。そうした積み重ねが、味噌や醤油、日本酒、ヨーグルトなど、今の発酵食品につながっています。
いつもの味噌汁や醤油も、昔の人たちが試行錯誤しながらつないできた知恵の延長にあります。そう考えると、毎日の食卓にある発酵食品が、少し身近で、少し面白く感じられるかもしれませんね。
出典
・農林水産省ウェブサイト「にっぽんの発酵食品/2章 発酵食品の歴史・文化を知る」
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/traditional-foods/files/user/pdf/japanese_hakko_part2.pdf
・農林水産省ウェブサイト「にっぽん伝統食図鑑/醤油、味噌、その他調味料」
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/traditional-foods/bunrui/shouyu-miso.html

